学校問題

2012年9月16日 日曜日

加害者の責任と人間関係

【いじめ問題】
□教師側で、「いじめと認定することで、加害生徒の責任が問われ、人間関係を壊すのが怖い」と打ち明ける教師がいるそうです(神戸新聞平成24年9月12日28面)。
□いじめと認定する必要性にまず疑問を感じます。喧嘩であろうと、ふざけて上履きを隠したのであろうと、教師の目に触れる他人に対する加害行為を、教師が否定しないでどうするのでしょうか?「いじめ」など、評価の問題です。いろいろな加害行為がいじめなのか違うのか?これは問題がずれています。いじめだからいけないのではなく、他人が嫌がることをしていること自体がいけないことなのです。それが単発だからいい。複数だから、迷う。陰湿だから「いじめ」であり加害生徒に責任を問う。ということではいけません。
□いじめという評価は、あくまで結果論です。学校は、「いじめ」を見抜いて指導する必要はありません。「いじめ」かどうか判断しているのでは遅すぎます。人が嫌がることをやっている生徒を発見したら、ふざけていただけと抗弁されても(被害者自身がかばっても)「指導」すべきです。「指導」して、他人に害を加えない大人に成長させることは、まさに、学校の職分だと思います。その結果、人間関係が築かれるのではないでしょうか?単に担任になって、何事もなく卒業していった生徒と担任教員の間にどのような人間関係があるというのでしょう?

□いじめかどうかを迷う前に、「人の嫌がることをしない」あたりまえのことではないでしょうか?「和もをって尊しとする」この言葉は、疵の舐めあいや、少数派を虐げても空気を読むことを強要することを意味するのではなく、皆が人の嫌がることをしないというスピリッツを表現したものなのではないでしょうか。

投稿者 河原 誠


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