◆刑事事件

2013年2月16日 土曜日

優しき被疑者(2)

 人が優しいかそうでないのか、その評価は難しいものです。

 優しいかどうか、人を評価するには、通りすがりの人(他人)に対して、どれだけ優しくなれるかを見ておかないと、なかなか、正しい評価は出来ないのではないでしょうか。

 自分のイエスマンや身内、メリットある相手には目配りするが、自分に意見してくる相手は人に非ず。大なり小なりそのような傾向を有する人はいくらでもいます。真実優しい人はどちらなのでしょう?なかなか微妙な問題ですね。

 よく、愛という言葉を使います。恋人同士の愛、家族愛、愛国者、などなど。この枠を、どこまで広げられるのか?自分たちの利便性とのバランスです。

 隣の家と譲り合って寛容に付き合っていけるのか(生活音とか、落ち葉問題とか)?隣の中学校と友好を深めるのか、殴り込みに行くのか?国家間同志の争いは是か非か?では、人間の枠?動物の枠?生物の枠?とその枠をどう広げられるか、それが優しさの判断の大きな基準だと思います(もちろん、現状、動物レベルで枠を設定する人はまずいないと思いますが)。

 そして、親は、目の前の優しい子を見て、「この子はいい子、悪いことをするはずがない」→「悪いのは被害者や友達」・・・「悪い被害者や友達のせいでこの子が責められている」という思考回路を組んでしまうのです。こうなると、なかなか躾のきっかけは掴めなくなってしまいます。子への愛情が、却って子の成長のきっかけを失わしめるという残念な結果を招いてしまっています。

投稿者 河原誠法律事務所 | 記事URL

2013年2月 7日 木曜日

裁判員裁判の危機

 少し前のこと(平成24年12月4日)になりますが、70日を超える日程を経て結審した裁判員裁判から解放された裁判員が記者会見で下記のように発言したそうです。

 引用開始
■  被告が肉声を発したのは、初公判の罪状認否と最終意見陳述での「私はやっていません」のみ。40代の男性は「自分がやっていないというなら、その根拠を言ってほしかった」と振り返り、米子市の男性は「無実なら黙秘は駄目だ」と話した。■
 引用終わり

 このコメントはいただけません。裁判制度をちゃぶ台返しするような、とんでもない発言です。そして、この裁判員を担当した裁判官のレベルも貶めました。

・・さらに、普段「権力の監視」と言いながら、脳天気に記事にしてコメントをつけない新聞社にも改めて幻滅です。

 床屋や風呂屋、居酒屋で、ほろ酔い気分で庶民が語るにはやむを得ないかも知れませんが、国家権力を行使する裁判員が、「無罪推定の原則」を理解せず裁判をしているのは許されざる暴挙ですし、それを指摘できないマスコミでは「権力の監視」など出来るはずもありません。


 言うまでもなく、無罪推定の原則とは、検察側が有罪であることを合理的疑いを入れない程度に立証できなければ有罪とすることは出来ないという理念であり、憲法に明記されています。無罪の根拠など述べる必要はありません。検察が有罪の根拠を述べその存否を裁判員が判断しなければならないのです。大体、やっていないのであれば、根拠も何も自分の関係ないところで起きた事件について、何を語ればいいのでしょう?

 裁判員裁判の制度自体を揺るがすとんでもない裁判が行われたと言わざるを得ません。

http://www.nnn.co.jp/news/121205/20121205010.html

投稿者 河原誠法律事務所 | 記事URL


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